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インプラント 大阪のココがすごい

8月8日から2月1日まで、私は大学病院でリハビリを兼ねた入院生活を送りました。 下半身からほぼ全身におよんだ麻揮は、上半身のとくに右手はよく動くのですが、それ以外は思うにまかせぬ状態でした。
だれもが回復には時間がかかると予想していたと思います。 しかし、それを裏切るようにみるみる快方に向かいました。
「Hさん、足の指が少し動くじゃない」驚いた看護婦さんの顔が印象深く残っています。 この回復ぶりの速さに関して、私は私で、免疫細胞療法が効いている最中での再々発だったので、軽くてすんだのではないかという感触をもちました。
手足の動きの多少の不自由さは、骨をギリギリつつかれるようながんの痛みに比べれば薄っぺらなものです。 リハビリ療養から1年半。

免疫細胞療法を始めるときは腫傷マーカーであるPSAは100を超えていたものが、治療終了時には3まで下降し、現在は5程度で推移しています。 体の具合もいまは爽快そのもので再発の気配もありません。
頬がこけ、ひどい土色をしていた顔色はピンク色。 体調はいいし、食欲もある。
朝の散歩、昼の買い物と図書館通いも完全復活。 九分九厘だめといわれた人間が、いまは息を吹き返してぴんぴんしている。
100パーセントだめという宣告は、本当はあるかもしれない生き延びられる可能性を、無慈悲に閉ざすだけなのではあるまいか……。 がんは5年再発がなければ安全圏といわれます。
私はまだ1年半ですから不安はあります。 いつ襲ってくるとも知れぬがんの再発、私を守ってくれるのは、やはり免疫細胞療法しかありません。
もし再発したら、また即座に免疫細胞療法を受けるつもりです。 そうして、なんとか一刻も早く保険が適用されるようになることを願っております。
Nさん(胃がん)、2001年に年があらたまる前後から、次第に食欲が落ち始め、胃のあたりに野球のボールが1個入っているような違和感を覚えるようになりました。 そのうちデパートで買い物をしている最中に、立っているのが苦痛になって思わず床にしゃがみ込んだり、あるいは、黒っぽい便が出るようなことが2回ほどありました。

痛みや吐き気はないのですが、それまで胃には絶大な自信をもっていた私にとっては、こうした体調の変化は、ちょっと気になるところでした。 そこで家族にも促されて、近くの病院に行き、内視鏡やCTスキャンによる検査を受けました。
その結果、なんと進行性の胃がんで、肝臓にも転移が認められるとの告知を受けたのです。 そして担当医の説明では、「高齢なので手術は無理、抗がん剤で治療するのがよい」とのことでした。
私には、いささかショッキングな宣告でした。 しかし、その治療法ではたしてよいものかどうか、念には念を入れてみようと考え、次に大学病院でセカンドオピニオンを受けたところ、やはり、病状については同じようなことをいわれました。
再検査のために入院、その結果ここで決められた治療方針は、「手術で胃の3分の2を切除したのち、抗がん剤を使う」というものでした。 人生のがけっぷちに立たされた思いで、おおいに迷いました。
幸い、家族の者がひじょうに研究熱心なものですから、私が大学病院に入院しているあいだに、多くのがんに関する本を読んだり、本で知ったがん専門医の意見を聞いたりして、情報を入手し、対応策を考えてくれました。 その結果、「どうも手術はよくない」という結論に達し、私も手術はしない、また抗がん剤も副作用の点から使わないと決心し、大学病院の担当医に退院を申し出ました。
ただ、抗がん剤に関しては、入院中に1回だけ、ADM(アドリアマイシン)というのをカテーテルで肝臓に注入され、微熱が3日ばかり出たことがあります。 それ以後は、抗がん剤はいっさい受けていません。
退院ののち、前記のがん専門医に紹介してもらい、豊島区にある総合病院に通院を始めました。 この病院は、代替療法に理解があるので、ワクチンの注射等をうけることができ、胃粘膜の嘩燭(ただれ)などをやわらげるガスターとセルベックスという2種類の薬を処方でした。

「免疫細胞療法」のことを知ったのは代替療法を始めて、しばらくのことです。 家内が見つけてきたE川先生の著書『G治療第四の選択肢』を読んだのがきっかけでしてもらい、これらはいまでも続けています。
副作用のない安全な治療法であるという印象を受けましたので、これもぜひやってみたいと思い予約を入れました。 その後、総合病院から紹介状とデータを受けとり、指定日にSニックを訪ね、E川先生のお話をうかがい即座に治療を受けるこの初診日には問診、採血等があり、その2週間後から、さっそく点滴治療を開始し、最初の1クール(2週間おきに6回)が終わった時点で、総合病院でCT写真を撮ってもらい、これと治療開始前に撮影したものとを比較してG先生に説明していただきました。
患部の状態はまったく変わっていませんでしたが、がんの進行が止まっていることから、治療効果が認められるとの所見だったので、その場で2クール目の治療を4週間に1回、お願いしました。 私に吉報がもたらされたのは、その2クール目が終わった2002年の2月のことでした。
新たに撮ってもらったCT写真を受けとりに総合病院へ行くと、ものすごくよい状態になっていると担当医が驚いていました。 胃から肝臓に転移した腫癌が見クリニックを訪ね、その旨申し込みました。
さらに血液検査の結果も上々で、ヘモグロビンの数値が8.7だったのが7・4に改善され、それまで貧血対策として飲んでいた鉄剤の服用を中止してもよいとの許可が下りました。 「ビールが飲みたいくらいですよ」「少しくらいならいいですよ」担当医とそんな冗談を交わせるくらい、気分は高揚していました。
そのCT写真を持参して改めてSクリニックのG先生に説明を受けたところ、肝臓に転移していたがんはほとんど消失し、またすいぞうゆちゃく胃の病巣部の厚みもだいぶ薄くなっているほか、胃の騨臓への癒着はないことが確認できたといわれました。 正直なところ、私としては、進行しない状態がずっと維持できるならそれでもいいと思っていました。
それが思いがけず、転移したがんの消失を見るにいたったわけですから、感無量というべきか、うれしさもひとしおでした。 免疫細胞療法は、他の治療法に比べて痛くもかゆくもないごく自然な治療法ですので、最初のころは効いているやらいないやら見当もつかず、ともかく1クール終わるまで様子を見ようと思っていました。
〈治療後〉数回の治療を終了後、腫癌はほとんど消えてなくなり痕跡程度持しております。 しかし、野球ボールのような感覚のあった胃のしこりが治療を重ねるにつれて次第になくなり、とくに2クール目に移ってからは、体力が回復して食欲も増してきました。

一時、落ちた体重も、私の標準値だと信じている体重までもどり、いまもその状態は維持しています。 なにしろ、入院中は病院の食事があまりにも味気なかったものですから、かえって食欲が萎え、またずっと点滴のチューブにつながれ、次第に心身ともに病人らしくなっていったのでした。
それがいまでは、食事どきになると自然におなかがすき、3度2度の食事にくわえ、午前3時と午後2時にはおやつまで食べています。

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